松下幸之助「水道哲学」
こんにちは。
神戸・春日野道で《とっても丁寧で親切な接客を受けられる不動産屋》#けんいち不動産の上村謙一です。
僕はこの「水道哲学」と言うものを高校の時に知りました。
当時、お金にすごく興味があり、学校が終わり、バイトが終わり、家に帰って来ては学校の勉強、宿題なんて一切やらずに毎日寝るまで本を読んでいました。
今では読まなくなったジャンルの本が多いけど、自己啓発や、お金に関する事、ビジネス書など、そう言う類の本を読み漁っていました。
家ではそんな事をしてるから学校の宿題なんて意図的にやらない。そした学校の先生から「なんで上村、お前は宿題を一切提出しないんだ!」と頻繁に怒られた。そして内申点はすこぶる悪い。ある時、英語の試験でものすごくいい点数をとった時に先生で後で呼び出されて「お前は宿題を一切出さないのに、この点数を出されるとみんな真面目に宿題を提出している生徒に示しがつかない!一体なんのつもりだ!」と怒られたことがあった。
だから高校時代の先生との関係性は悪かったと思う。
今になって思うと、学生なんだから宿題やれよ!という先生の気持ちも少しばかりは、分からなくも、、、いや、分からんな。
とまぁそんな感じで、当時は学校の勉強や宿題で時間を使うくらいなら、松下幸之助さんの本を読んだり、稲盛和夫さんだったり、企業家の人の本を読むの方が本当に好きでずっと読んでました。
その時に出会ったんです。
松下幸之助さんの「水道哲学」
水道哲学(すいどうてつがく)は、松下幸之助の語録に基づく経営哲学である。幼少期に赤貧にあえいだ幸之助が、水道の水のように低価格で良質なものを大量供給することにより、物価を低廉にし消費者の手に容易に行き渡るようにしようという思想(経営哲学)である。
産業人の使命は貧乏の克服である。その為には、物資の生産に次ぐ生産を以って、富を増大しなければならない。水道の水は価有る物であるが、乞食が公園の水道水を飲んでも誰にも咎められない。それは量が多く、価格が余りにも安いからである。産業人の使命も、水道の水の如く、物資を無尽蔵にたらしめ、無代に等しい価格で提供する事にある。それによって、人生に幸福を齎し、この世に極楽楽土を建設する事が出来るのである。松下電器の真使命も亦その点に在る。
出典元:水道哲学|wikipedia
お金がなくてみんなが十分な水を利用することができない。
それならば、大勢が水を大量に使える仕組みを作り、安価な金額で、貧しい人も、富める人も、全員が利用をすることができる。
自分が綺麗で安心して使える水を供給する仕組みを作り、それを権利で守り、自分だけが莫大な利益を得るという選択肢もあったと思う。しかし、自分がよければいいのではなく、ビジネスは世の中の為に、人を幸せにするために存在するべきだという物事の考え方のもと、大勢の人の役にたつ仕事をした。
高校生の時にその物事の考え方を知った時、すごくかっこいいなと思った。そして自分もそんな生き方をしたいなと思った。
松下幸之助さんのようなというと、恐れ多い、しかし、ほんの少しばかりでもその思いを胸に生きて行くことができればすごく幸せな人生だと思った。
今の時代は質の高いものが大量に溢れている時代であり、今から物を大量に生産し、大量に供給するなんていうのは時代錯誤も甚だしいと思う。
しかし、この水道哲学の本質的な意味、困っている人を助けるという精神はすごく大切だと思う。
世の中には不動産の部屋を契約する為の費用が高くて困っている人がたくさんいると思う。
僕はそんな人の役にたちたいと思う。困っている人を少しでも助けて上げることができる、そんな仕事をしたい。
自分の私利私欲のためではなく、世の中の為、人のために仕事をする。
困っている人たちを助けたいという思いが根底にある。
人のやくにたつ仕事をやり続けて行くつもりです。